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神経病み、倒れる!! M.Hとの顛末 [日記]

 12月6日をもって、私の事業所の大仕事、ビジネス事務科が終わった。私は、週1休で頑張っていた。だがラスト1週というところで、2日間倒れた。精神的なショックで。原因は、例のM.Hである。

 このビジネス事務科、2ヶ月にわたる長期戦だった。この間、講師間のトラブルや生徒との相談で、私も、講師も疲れていた。みんながみんな疲れていた。M.Hは講師のリーダーである。なんだかんだいって、こいつがいなければ、はじまらない。そのM.Hの元気が無い。こいつは、調子が悪くなると、ひきこもってしまう。外部との連絡を一切とらなくなってしまう。その予兆が見えた。

 で、メールした。大丈夫か、と。私と話したくないなら、空メールをおくれと。

 返事が無い。

 で、もう一度、メールした。そんなに私が嫌いなのかと、なら仕方ないが、もう飲みにも誘わないし、愚痴メールも送らない。ワーカーとしてとしてとしか、係わらないからと。

 帰ってきたメールが

 「あんた、うざいよ。もう電話もメールも送らないでくれ」

 である。

 涙も出なかった。ショックすぎて。

 友人に電話した。2時間くらい話したと思う。話している間は冷静だった。いい友人だと思う。でも電話で話すのをやめたら、崩れ落ちることは分かっていた。だらだら話すのを止めたとき、死にたくなった。やばい、と思った。自殺未遂なんぞ起こした日には、即刻首である。まだそのくらいの判断は出来た。時計は1時を回っていた。この時間、連絡がつくのは、副理事長である、女性のOさんしかいない。電話して、体調がおかしいから、明日出られないと言った。理事長に伝えてくれと言った。そしたらOさんは、事務所の鍵を持っているK氏とM.Hにメールしておくと言ってくれた。

 仕事があることは判っていた。でも無理だった。携帯の電源を切り、死に寝た。眠り続けた。起きたくなかった。

 翌日の夕方の4時にやっと起きた。携帯にはメールやら伝言やらが入っていた。理事長にとりあえず連絡した。すいませんと言い、明日、病院にいくのでもう一日休むと言った。

 その直後くらいに、第三の作業所のワーカーから連絡があり、鍵をとりにくるという。

 休めない、と思った。

 あさってには出勤しないとならない。でも、大丈夫か?

 翌日の午後、病院へ行った。公共の交通機関でいけず、タクシーに乗った。片道3000なり。病院の先生に話をしようかと思ったが、先生は聞いてくれなかった。薬も変わらず。

 理事長に報告し、明日は出勤することを伝えた。

 その日の夕方、遅く、メールが来た。

 M.Hからである。

 「ゴメン。ついかっとなってあんなこと 書いて悪かった。石井さん、はやくよくなってね」

 メールかよ。

 いまさらかよ。絵文字つきで送ってくんなよ。

 許す気にもなれなかった。メールなら何とでも言える。しつこいようだが、心の無い男である。業務に支障が出るから、とりあえず、あやまっとけくらいの気持ちなのかとも思ってしまった。

 それでも、私はワーカーである。本当は、お前、殺すぞくらいの返事を返したかったが、「明日は出勤する」と返した。

 明日はM.Hは休みである。会いたくなかったから、ちょうどいい。

 翌日、重い気持ちで出勤した。辞めたいと思った。講師は皆、休んでいた。残っているメンバーは、私が休んだことには触れなかった。ただ、理事長は、私が仕事が過重で休んだと思ったらしく、K氏を事務にすえ、私を所長とし、全体管理をせよと言ってきた。

 結局のところそのことで、私はもっと追い詰められた気分 となり、M。Hとはまた、その後色々あったがそのことはまた次回としよう・・・・

 

 

 

 

 


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